怪集/2009の最終結果は右の通りとなりました。
創作怪談=ホラー小説コンテストとしてカウントすると、怪集/2009は、昨年の遺伝記から数えて2年目となります。 怪集は「虫」をモチーフとし、「他の作品と接点を持つ」というルールのもと募集された作品を、著者名を伏せた状態で発表し、それについて応募者の相互講評に読者講評を加えたものを集計して、最終的なランキングを導きだす、所謂通称:超-1システムによって運営されています。
実話怪談著者の発掘大会である超-1は、この手法によって既に二桁に上る商業作家を輩出していますが、怪集においても、そうした逸材の出現が期待されています。
通常のコンテストは十分な準備期間が与えられますが、怪集はテーマの発表もぎりぎり、さらに未知の他人の既存作品との接点を探さねばならない、しかも募集期間はたったの60日。さらに、発表した作品はリアルタイムで審査が行われ、どこの誰ともわからない誰かによる辛辣な批判が加えられます。 これは、機転と筆の速さ、そして精神的なタフさがなければ乗り切れるものではなかろうと思います。 そして、その幾つかの能力は、職業的作家にも強く求められる点であるとも言えます。 商業的には著者自身の自己満足・自己陶酔だけではなく、「誰が読んでも面白い、よくできた、そして売れる小説」であることが求められるのは当然の前提条件ですが、それを実現するため、たった1作を書くのに10年掛かっていたら、商業的小説家を目指すのは難しいと言えます。特に、競合するライバルが多い中にあっては、ゆっくりしていてもいつか自分の番が回ってくる、一生に一度だけ傑作が書ければ、自分のことを分かってくれる高名な評論家の目に留まりさえすれば、それで必ず評価される……そういったシンデレラ的思考に囚われているうちは、スタートにも立てていないのではないか、とも思います。
その意味で、怪集では、機転、筆の速さ、精神的な強さが重視されています。
機転=思考の柔軟さは、アイデアを思いつく能力であると同時に、アイデアの軌道修正を求められた際の即応能力であるわけで、より多くのアイデアを出せるかどうかでもあります。怪集では数を書くことが求められますが、数を書くにはひとつのアイデアだけに執着するのではなく、複数のアイデアを思いつく、場合によっては糸口を見つけて変質させていく、ということが求められます。固陋であっては、一発目で当たりを掴んでも、二作目以降を繋いでいくことができず、作家としての将来が怪しくなります。アイデアは温存するものではなく、次々に思いついて次々に消費していくものです。
数を書く、機転を利かせるということは、アイデアの浪費を強いることでもありますが、その点で、応募総数を稼いだ大阪秋知、せんべい猫、揺動、豊原ね子などのアイデアの着想力、馬力という点で評価したいと思います。
この「数を書く」ということは、単にいろいろ思いつけば足りる、というものではありません。思いついたことを形にするためには、構成力が求められますし、それを実際に他人に読ませられる形にするには筆の速さが求められます。もちろん、文章として十分に読むに耐えるものにする文章力が求められるのは当然です。
文章の質を数値化するのは実際には非常に難しいところです。なぜなら、配点の基準は人によって必ずしも一致しないからです。ある人が面白いと思うことを、別の人は嫌悪感を持って唾棄する、というケースは今回の怪集/2009の中でも見られました。 そうしたとき、講評する側は「誰かの基準に阿りたい」と考えてしまいがちですし、また講評される側である著者は、自分の作品意図を正しく理解した講評だけを信頼し、自分の作品意図にたどり着けなかった講評は信頼性が低い、と考えるようになりがちです。 更には、当て外れな批判に身を晒すことは非常に辛いもので、「自分が言いたいのはそういうことじゃない」という反論をしたかった方も多かったことでしょう。
しかし、商業的作家の多くは、発表済みの作品がどのように評価されようと、時に意図と異なる誤解から酷評されようとも、それについてひとつひとつ反論をして誤解を解いて回る……という機会はありません。昨今では専門の評論家ではない一般の読者が、個々のブログやレビューサイトなどで作品講評を行うことが当たり前になっていますが、そうした講評の多くが全て著者の意図通りの理解をされているとは限りません。 レビューブログなどではコメントやトラックバックの機会などもありましょうが、それでも商業的著者は読者の誤解に反論する機会はほとんどないと言っても過言ではありません。 作品として発表(発売)された後の作品の解釈は、全て読者に委ねられるものです。特に商業的に発売され、身銭を切って買った読者は、それが凄まじい誤解によるものであったとしても、あらゆる批判を行うことが許されていると思います。
著者、商業的著者の必須能力として、そうした想定外の批判に耐える精神的なタフネスさが重要です。 タフネスさというのは、単純に馬耳東風であればいいというものではありません。他人の意見に耳を貸さずに、己の信じた道を行く……というのは、それはそれでひとつの美学かもしれませんが、それでは作品を書くということの意義を見失っているようにも思えてきます。小説を書く、文章を書くのは、自分の脳内にあるストーリーや、自分の主張を読者に理解把握、そして共感して貰おうということに他なりません。自分にだけ分かればいい、分かる人にだけ分かればいい、というような読者を見捨てる孤高のスタイルは、それこそ自己陶酔であって、わざわざ脳内にある物語を他人が読める形にする意義からも外れます。
小説は孤独な作業であるが故に、また最後まで完成させることに非常に多くのエネルギーと信念が求められるが故に、どうしても自己陶酔と無理解の排他を正当化する方に流されていきがちですが、それではダメなのです。 腹立たしくも分からず屋の読者を自分のほうから見捨てるのではなく、分かって貰えるよう、自分のほうを向いて貰えるよう、自分の次の作品も積極的に貪り読んで貰えるよう、自分の作品を点検して自己改造していく。そういう強さもまた「タフネス」さに内包されていると言えます。
しかし、このタフネスさは数値化できにくく、また講評を行う側には著者の内面の状態は計り知れないものではありますが、著者が読者の批判/講評に耐え、書く意欲と速さを失わなかったのだとすれば、応募作は「多く」または「長く」なります。 また、著者が読者の講評を何らかの形で消化し、作品に昇華させ、そしてそれが読者に伝わったのであれば、自ずとそれは点数に現れてきます。 評価された作品の数が多くなれば、総獲得点数も多くなりますし、数を重ねても読者の理解を引き出すことができなければ、逆に点数は大きく落ち込みます。それが超-1システムの特色であり、創作怪談コンテストではより明確にその特色が現れてきます。
怪集では、 C.11点以上の有効作品が3作以上ある応募者=Aグループ D.11点以上の有効作品が2作以下の応募者=Bグループ E.11点以上の有効作品が0作の応募者=Cグループ とグループ分けをしています。この「11点」というのは、右上でも説明していますが、全応募作の獲得総合点(1194点)÷応募総数(109作)=偏差基準値(10.95)です。 Aグループは、「安定した能力が期待されるグループ」、Bグループは「安定しているかどうかはわからないが、少なくとも潜在的に秀作が期待できる。ただし、寡作かもしれない」、Cグループは「将来に期待、或いはヤマが外れた」という分類となっています。
例えば商業的な依頼をしよう、と考えた場合。 凄く面白いものを書いていても、それがまぐれでは困ります。まぐれではないことを証明するには、ある程度安定したレベル、スキル、実作品を提示することが必要になります。 1作に全てを賭ける一般的なコンテストでは、渾身の一作が求められますが、怪集では「即戦力として期待できるかどうか」が重視されているわけです。
しかし、大会当初からそうした能力があるかどうかは主催者は元より講評者にも、応募者自身にも分からないでしょう。 当初はまるで門外漢という人であっても、切磋琢磨するうちに急成長するかもしれません。 なりたい自分となれる自分というのは案外隔たりが大きいものですが、なれるとは露ほどにも考えていなかった自分に、案外なれてしまったりする……かもしれない。 その意味で、怪集は「上澄みの中から才能を汲み取るコンテスト」ではなく、「大会全体を通して応募者の才能を磨く、引き出す、目覚めさせる、その機会を提供する練習道場」という性格のコンテストでもありました。
そうしたコンテストの厳しさを醸しだしたのは、多くの読者及び応募者による講評の賜であろうと思います。それに挫けることなく、挑戦を続けたことで名声や印税とは比較にならない成果を手に入れたのは、他でもない応募者各位自身です。
Lastman Standing. 最後まで立っていた人が怪集の勝者です。 そして、このテンションを今後もキープし、自己陶酔に逃げ込むことなく、より多くの無理解な読者を自分の理解者に変質させることを諦めない。それをする人が、次の勝者になると言えます。
怪集は、商業的執筆に耐える能力を持つ著者を見つけ磨き育っていただくコンテストです。 そこに何らかの価値と意義を見いだしていただければ幸いです。
今年は、諦めない人が多かった。 特に、最後の70時間への執着は本当に凄かった。 そのことが本大会の最大の成果であったと思っています。
怪集事務局: 加藤 一
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A.全応募作の獲得総合点(1194点)÷応募総数(109作)=偏差基準値(10.95)
B.偏差点11点以上獲得作品(59作)を「基準値以上の有効作品」とする
C.11点以上の有効作品が3作以上ある応募者=Aグループ
D.11点以上の有効作品が2作以下の応募者=Bグループ
E.11点以上の有効作品が0作の応募者=Cグループ
F.個々の応募者の有効作品の獲得合計点÷有効作品数×講評達成ボーナス&ペナルティ補正値=偏差点とし、各グループの偏差点上位ランキングを決定
G.偏差点が同点の場合は、有効数が多い順、応募母数が多い順とする
H.Cグループの順位は合計点順とする
I.敗者復活戦(特別編)応募作は成績表に含まれない
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